法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

それが分かって何になる?

コンクリートの耐久性に関する研究を行っていると,ヘルスモニタリングなる言葉をよく耳にします。ヘルスモニタリングについては,2013年にSPIE Smart Structures NDE 2013がアメリカのサンディエゴであり,私と社会人で博士課程の方と一緒にその会議に参加し,電磁波による塩分量推定の適用に関する論文をStructual Health Monitoring and Inspection of Advanced Materials, Aerospace and Civil Infrastructureのテーマセッションで発表しました。また,翌年には修士の学生を連れて第7回の構造ヘルスモニタリングの国際ワークショップ(7th European Workshop on Structual Health Monitoring)に出かけて(フランスのナントで開催),電磁波による塩分量推定に関する研究についてポスターセッションを行っています。2年に1度開催されているので,第7回ということは2000年から国際ワークショップを行っていることになります。ヘルスモニタリングは,構造物の損傷をリアルタイムで見つけるために40年以上前から,機械工学などで始まった技術です。土木の分野でも1980年代から研究が行われています。今日は,そんなヘルスモニタリングに関わる私が経験したちょっと苦い話を書きたいと思います。

もう25年以上前になりますが,ダムの現場に3年近く勤務していた時,もちろんヘルスモニタリングなる分野も知らず,モニタリング技術としてどんなものがあるかほとんど知らなかったのですが,たまたま現場の所長のところに新しい計測方法の営業があり,私に話を聞くようにいわれ,その打合せに同席した時のことです。打合せの内容は,光ファイバによる温度計測についてでした。光ファイバ温度計は,ファイバ1本で数kmの範囲の温度測定が可能であり,地中ケーブルや地下タンク内の温度分布など長距離,広範囲に設置された設備全体の温度分布測定が可能な新しい計測技術です。光ファイバの温度計測がちょうど実用化され始めたころでいろいろなところに売り込みを図っている時期であったようです。 

光ファイバで何故温度が測定できるのかについては,少し難しい話ですので,このブログの最後に付録として付け加えておきます。興味のある方はそちらを読んでいただければと思います。

光ファイバによる温度計測の話を聞いてすぐさま思ったことは,この光ファイバ温度計を適用すれば,これまで点(熱電対等の温度センサによる測定)として捉えていた温度を部材全体で線,または面として捉えることが可能となり,さらに立体的に配置すればこれまで数値解析上でしか捕らえることができなかった3次元の温度分布を評価することも可能になるということです。これさえあれば,現場の計測管理が格段に飛躍すると思い,とても興奮して話を聞いた記憶があります。ただし,この光ファイバによる計測は,レーザ発信機が非常に高価なこと,光ファイバを接続するのに特殊な技術がいること(今ではとても簡単になっているそうです),光ファイバ自体非常に脆く,ダムコンクリートのような骨材寸法が大きくスランプの小さいもので,なおかつ締固めに重機などを用いた機械化施工している場所では,すぐに切れてしまうことが懸念されました。しかしながら,とても魅力的な測定方法であったので,試験的に試してみることになりました。いきなりダム本体の過酷なところでの試験はできないので,鉛直打継ぎ目のグラウトでの充填状況の把握に適用できないかということで,減勢工の壁の一部で実験を行うこととなりました。

ダムは,堤体長(ダムの長さと思ってもらったらよいです)が数百mにもなり,連続して施工した場合,温度の膨張収縮でひび割れが生じてしまうので,基本的には15m間隔で継目を設けています。ただし,そのままにしておくとコンクリートが収縮した時に隙間ができてしまうので,継目にセメントペーストを注入して間詰めを行っています。これをグラウトといいます。実は,その当時(今もですが)この継目にちゃんと充填されているかどうか確認する手段がなく,しばしばダムの漏水原因ともなっていたのです。この継目に光ファイバを設置して充填状況が分かれば,未充填部を低減することができ,漏水原因の低減にも繋がると考えたのです。

実験は,2m×2mのコンクリート鉛直面に数mm浮かせて透明のアクリル板を設置して,光ファイバを一定間隔配置して,セメントペーストを注入していきました。実験自体は思いの他うまくいって,未充填部と光ファイバによる温度分布(セメントペースト自体,既設のコンクリート面よりも温度が高いので,充填すると温度変化する)が概ね一致したのです。これで未充填部の検知ができると意気揚々と所長と副所長のところに結果報告に行きました。そこでいわれたことは,未充填部を見つけることができても,そこに再充填する方法はどうするのだということでした。対策無きモニタリングは,単に欠陥構造物であることを示すだけであるといわれたのです。まずは,未充填部を生じさせないための施工法を考えるべきであったのです。この時は,さすがに落ち込んだのを覚えています。モニタリングをするということは,何か異常なことが生じた場合に,いち早く対策が講じられて初めて意味のある行為になるということです。原因が分かったとしても対策をとることができなければ何の意味もないということです。研究などを行っていると得てして陥りやすい落とし穴といえます。

この教訓を生かして,その後の研究活動がうまくいっているかというと,なかなかそうはいっていません。分かってはいても何かが分かるということだけにどうしても飛びついてしまいがちです。やはり,それが分かって何になると言われても,見えないもの,わからないものが分かるのは,とても面白いのです。だから研究が続けられているのかもしれません。

 

<付録:光ファイバによる温度計測の原理>

光ファイバは,直径が50×10-6mからなっており,石英などの透明物質からできています。光ファイバは,屈折率の高い中心部分(コアと称します)と屈折率の低い部分(グラッド)からなっていて,光がコア内に閉じ込められて伝播するため,極めて低損失な光の伝送路を形成しているのです。温度計測に用いる光ファイバの心線は,特別なものではなく,一般に通信用として使用されているものです。光ファイバ温度計は,ファイバの一端から光パルスを入射させ,ファイバの各個所で散乱して戻ってくる光パルス信号の強さと入射後の時間から任意の位置での温度を測定するものである。光ファイバ中で散乱して戻ってくる光(一般に後方散乱光といわれています)にはいくつかあるのですが,温度測定には温度依存性が高く,他の散乱光と分離しやすいラマン散乱光が用いられています。また,遠方の温度を精度良く検出するために,パルス光源としては半導体レーザや半導体レーザ励起固体レーザなどが用いられ,受光増幅回路,高速信号処理回路に工夫が加えられており,25年ほど前では,測定距離2km,温度精度±1℃,距離分解能1mという性能でした。

 光ファイバ温度計の測定原理は,ケーブル片端からのパルス状の光の入射時において,入射光とは異なる波長のラマン散乱光と呼ばれるものです。温度測定にはこのラマン散乱光が用いられています。ラマン散乱光は,2つの光の成分から構成されており,ガラスの格子振動にエネルギーを与えた光が長波長側にシフトした光であるストークス光(光源波長よりも長い領域)と,格子振動からエネルギーを得た光が短波長側へとシフトした反ストークス光(光源波長よりも短い領域)があります。ラマン散乱光の強度は,入射光の約10-8程度と非常に微弱ですが,温度依存性が高いといわれており,光ファイバの温度検出に関する既往の研究から,2成分の強度比は以下に示す式のような温度の指数関数になるといわれています。

  Ia/Is=exp(-hcu/KT)

ここで,Iaは反ストークス光強度,Isはストークス光強度,hプランク定数cは光速,uは格子振動波数,Kはポルツマン定数,絶対温度です。

 測定点の特定は,光ファイバケーブルを検出部として温度測定器側からケーブル内にレーザーパルス光を入射した場合,パルス光は各通過位置で微弱な散乱光を生成しながら,真空中よりやや遅い約200m/μsの速度で光ファイバ中を伝播していきます。発生した散乱光の一部は,後方散乱光として再び入射端に近い方から順次戻ってくることから,光パルスを入射してから後方散乱光が戻ってくるまでの遅延時間を測定しておけば,その後方散乱光の発生位置を把握することができることとなります。1mの検出分解能を得るためには,10nsごとにデータをサンプリングする必要があるとされています。