高密度都市のコンパクトシティって何?
土木学会誌の編集委員の任期中,同じ土木と言っても全くの異分野というか,自分の知らない世界の方たちといろいろ話をすることができて,とても面白いというか貴重な経験ができました。今日は,石原都知事時代の副知事だった明治大学教授の青山氏の話を少し書きたいと思います。
以下にインタビューの時(2007年2月)の話の抜粋を書きます。
青山教授は,石原都知事時代にいろいろな政策を行ってこられたのですが,その元となったのは,1979年から16年間都知事をされた鈴木俊一氏が臨海部及び新宿副都心を中心に,重厚長大主義(ハード)からソフトウェアを中心とした情報化社会への変換を推し進めたことに始まります。その後都知事に就いた青島幸男氏は,鈴木知事が推進した臨海副都心(お台場を中心とした場所)での世界都市博を中止し,「東京プラン95」を打ち立て都心の機能更新を図ることを目指しました。青島氏の後の石原慎太郎の都政で,この「東京プラン95」が動き出しました。これは,都政の大変換となり,例えば,高密度都市のコンパクトシティを目指すための首都圏の三環状道路建設の推進や羽田のD滑走路の建設等が挙げられ,これらの政策を推し進めていったのが青山氏なのです。
環状道路の建設に当たって,欧米での道路ネットワークを参考にしようとされましたが,欧米の場合国土のほとんどが平地で,そこに道路のネットワークを構築している一方で,日本の場合国土の7割が山地で,残りの3割の海岸沿いの平地に都市が集中しているので,欧米型の道路ネットワークをそのまま持ってくること自体難しく,かなり限定されたものになってしまいます。
20世紀の都市や道路は,どこの国でも効率性を追い求めてきましたが,21世紀の都市や道路は快適性を求めるという価値観に変わってきています。その象徴が片側三車線の都市を貫くボストンのセントラルアーテリーで,高速道路を地下化し,ウォータフロントとダウンタウンを一体化し,地上部のほとんどを公園にしています。そのための費用として1兆8000億円を投じています。21世紀の道路建設の基本は,効率性から快適性へと転換しているといえます。
インタビューしたのが,2007年の2月でしたので,その当時2012年の東京へのオリンピック招致に向けて結構盛り上がっていました。そのあたりを青山教授に伺ったところ,東京は世界の大都市に例のない水辺都市であり,これを活かしていけば世界に対しても魅力をアピールできると思っているというお答えでした。2010年のオリンピック招致では,ロンドンが勝利しています(2012年のロンドンオリンピック)。ロンドンの会場計画では,ストラッドフォード駅北側の工場跡地一帯を活用しました。その地域は,低所得の移民が多く住み,80の言語が使われているイーストエンドであり,オリンピックを契機に活気を取り戻すというのがロンドンというかイギリスの狙いでした。こうした会場計画や社会的包容力が評価されたと言えます。ちなみに,IOCにビット(開催地立候補宣言)を届けたのは14歳の黒人少女だったそうです。これは,移民たちがロンドンでの開催を求めているというアピールであり,東京の場合もどのように都市像を打ち出していくかが重要となってきます。都市政策的にはオリンピック招致は非常に意義のあることだと思っているというお答えでした。東京は,その後2016年の招致にも敗れ,ようやく2020年の招致を勝ち取ったのですが,今回の新型コロナウィルスの影響で1年延期され,来年も開催自体どうなるか予断の許さない状況が続いています。
首都圏の三環状道路建設に関しては,圏央道が直径100kmでであり,行政区域とは別の観点で東京大都市圏といえます。格差型都市構造から集約型都市構造へという世界的な流れからすると時代を表していると言えます。外環自動車道は,埼玉区間での外環が完成した折,練馬の大泉で降りる車が1日当たり12,000台減少しています。前回の東京オリンピック(1964年)で環七ができた時の“道路=公害”というイメージを大きく変えたことになります。「道路ができれば環境が良くなる」と役人時代言い続けてきた甲斐があったといわれていました。埼玉区間の環境変化を契機に住民の意識も変わっていき,外環の練馬~東名間の事業化に繋がったといえます。
首都高の中央環状線は,品川線が始まりました(2007年当時で,現在は全線開通)。中央環状線ができることで,車の捌きが抜本的に質的に効率化していきました。また,山手通りが22mから40mに広がり,歩道も2.25mから9.25m標準に変わり,並木も二列にできることになり,自転車専用ラインも引けることとなりました。これを機会に日本の道路のコンセプトも車が通る道路から人が歩く道路へと変わっていくと思います。
インタビューから13年経過した今,圏央道がほぼ開通し,外環も練馬~東名の区間の工事が急ピッチで進んでいます。中央環状線が開通し,都心への車の流れも大きく変わりました。青山教授が言われたことが実現している現状を目のあたりにすることで,将来を見据えた計画が如何に重要かわかったような気がしました。