法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

論文査読

 この歳になると,論文の執筆が少なくなって,人の論文を査読することがほとんどになってきます。学生のレポートチェックまでいれると,1週間の6~7割は人の文章を読んでコメントを書くことに時間が割かれています。文章読むだけでなく,学生からあがってくるデータの確認まで含めると,ほとんどの時間を他人が作成したものを読んだり,読んだものにコメントしたりしていることになります。先週は,サボっていた論文の査読を2本,英語のジャーナルの査読を1本,論文博士の本文のチェックを行いました。この他に,工学実験1の学生のレポートチェックが20×2レポートで40本ありました。

 人の文章を読んでいて一番感じることは,のど越しの良い文章かどうかというところです。読んでいても突っかからずにスッと頭の中に入ってきて,書いた人の言いたいことが見えてくるような文章です。まさに,のど越しの良いビールと同じです。これは,読んでいても疲れないし,時間の経つのも忘れて読むことができます。一方,読んでいて頭の痛くなる文章は,基本的に一つの文章が長い,主語述語が揃っていない,言い回しが回りくどいといったところです。こういう文章は,頭が痛くなるだけでなく,読みたくないという気持ちが強く働くので,読み飛ばすか,途中まで読んで,×を付けるか,読みながら寝てしまうかの何れかとなります。もう一つ論文を査読していて腹が立つというか,イライラするものとして,言い回しがくどいだけでなく,上から目線で書かれた文章で,大したこと書いてないのに,結論を先延ばしして,自分の知識をひけらかしながら結局言いたかったことはそんなことという論文です。

 先週読んだ論文の一つがこれで,土質力学における動水勾配についての論文だったのですが,さも俺はよく知っていて,お前らのような何も知らない輩によくわかるように説明してやる的な文章で,途中で辟易したのですが,査読する立場なので最後まで我慢して読みました。しかしながら,結論が何それというもので,わざわざ6頁も使って書く論文かと思い,却下しようかと思いましたが,この筆者これまでもいろいろコメントを書いても,それは私がそう思うからよいとか,査読者を完全に馬鹿にしたような返答をしてきたりして,一度却下したら,色々クレームつけてきて(半年くらいメールのやり取りをしても埒が明かず,委員会で審議してもらうところまでいきました),委員会で判断して却下したことがあります。かつては,優秀な方(大学の先生ではありません)だったのですが,退職されてからいろいろあったようで,すごく攻撃的というか,人を小馬鹿にしたような文章を書かれるようになってしまわれました。そう思うと,技術者としてどんなに名を馳せた人であっても,老いて周囲を不快にするようなことをすれば,それまでの業績が皆無駄になってしまうような気がしてなりません。

 学部生の小学生でもこんなひどい文章書かないだろうという文章を散々読まされていて,耐性があるとはいえ,疲れる文章を読むのをもう少し減らしたいと思う今日この頃です。本当に,こういう論文やレポートを読んだ日は,夕方になると何もしたくなくなります。憂さ晴らしに飲みに行きたいところですが,このご時世ではそれも何となく憚られます。家に帰って,犬たちと戯れることと好きなドラマを観て癒されるくらいしかありません。今日も論文1本とレポートチェック20本したことですし,そろそろ帰ることにします。