法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

立つ鳥跡を濁さず

今日は,2019年度の卒業式でしたが,新型コロナウィルスの感染拡大で卒業式自体が中止となってしまいました。また,卒業式後の謝恩会も中止となりました。今年は,研究室別での学位記授与となりました。したがいまして,このブログを借りて卒業・修了する皆に贐の言葉を贈りたいと思います(途中から説教みたいになっているかもしれませんが・・・ご容赦ください)。

 立つ鳥跡を濁さずという故事を多くの方たちは聞いたことがあると思います。この故事の意味は,“立ち去る者は見苦しくないようきれいに始末をしていくべきという戒めであり,引き際は美しくあるべきである”だそうです。

 私が建設会社を辞めて,大学の教員になったのは今から19年前の2001年でした。その当時(今も同じかもしれませんが),会社を辞める人たちは大体有給休暇を消化するために,辞める1ヶ月くらい前から会社に来ませんでした。また,業務の引き継ぎや身辺整理は大体その前に済ませていく人が大半でした。退職される人は,自分の仕事関係も含めて荷物の処理を早い人だと半年くらい前からやっていました(半年前からほとんど仕事していないということにもなります!)。机の上を書類の山のようにしていた上司が,机の上に何もない状態で出ていく姿を見た時,この人とこれでお別れなのだなとつくづく思ったものです。私は,仕事の要領が悪いのか,17年務めた会社で有休を取ったのは熱を出して会社を休んだ時くらいですから,通算でも1週間くらいだったと思います。会社を辞める前日まで(ちょうど日曜だったと思います),誰もいない部屋の中で書類の整理や自分の周りの片付けなどをしていました。結局他の人のように有休休暇を消化しないで会社を辞めました。別に務めていた会社が嫌で辞めたわけではなかったので,気にもしていませんでしたが,妻からはもったいないと言われ,同僚からもそんなに会社に尽くしたってなにも返ってこないよと言われました。私自身は,会社だけでなく,いろいろ関わった方たちから“あいつは辞める時,俺たちの顔に後ろ足で砂を引搔けて出て行った”と言われないようにしたかったのです。まさに今思えば“立つ鳥跡を濁さず”としたかったのだと思います。実際のところそうできたかはわかりませんが,自分では納得して会社を後にしたと思っています。当然の権利なのだから,有給休暇取りますというのもよいのですが,為すべきことをちゃんとやってからというのが筋だと思います。権利ばかり主張して義務を果たさない人が老若男女問わず増えているように思います。出ていくものは,気持ちよく去り,残ったものは気持ちよく送り出したいものです。皆はちゃんと仕舞いをつけて出ていけると胸を張って言えますか。そういえば,自分の研究や委託研究を3月後半まで行って卒業していった学生もいました。もうそこまでしなくても後輩に引き継いでくれたらよいといったのですが,自分がやり残したことなので,けりをつけていきますといって実験などを行っていました。そういう学生がいる一方で,審査が終わって全く来ないで,論文も中途半端で投げ出していく学生もいました。先の故事のように“引き際は美しくあるべきである”の正反対なことをして,引き際をグダグタにして,汚物だらけで去っていく姿を,残った者たちは,何も言わないかもしれませんが,ちゃんと見ていると思います。そして,あのようになってはいけないと思ってほしいものです。

 最後は,やはり説教になってしまいました。どうも歳を取ってくると説教臭くなるようです。今日はこの辺で止めておきます。