法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

傑作試験機と駄っ作試験機(その4)

 建設会社に入って,10年間技術研究所というところにいました。10年経ってようやく念願の現場に転勤することになりました。ちょうど広島県新潟県でアーチ式のダムの建設が始まっており,上司からどちらに行きたいかといわれ,規模の大きい広島県のダムにしますと言って,単身赴任(子供が小さかったことと,妻が東京を離れるのを嫌がったため)で広島に行きました。このあたりの話はまた別の機会に書きたいと思います。

 現場では,コンクリートの品質管理を担当しました。また,コンクリートに絡む話(光ファイバの温度計測等)も業務として担当しました。

 大学の卒論,修論ともパイプクーリングによる熱除去効果解析の研究でプログラムばかり書いていたのですが,実際にパイプクーリングがどのようにして行われるのかほとんど知りませんでした。現場で実際にパイプクーリングの施工に関わりましたが,非常にローテクというか,流量の管理や水温などはすべて人力で,かつ経験値を基に行われていました。

 まずは,パイプクーリングの最適な方法についての理論解析を現場に入っていたワークステーションを使って解析を行いました。そして,それを実践するためにパイプクーリングの自動管理システムを考案しました。ゆくゆくは,ダム堤体の温度計測として光ファイバ温度計測を使って,パイプクーリングの温度低減効果確認と過冷却によるひび割れ制御を組み合わせたパイプクーリング自動制御システムにしたいと思っていました。その第一段階として,クーリングの水の自動管理装置を開発したいと思い,発注者(建設省)に提案したものの,実現できませんでした(その有用性を理解してもらえなかった)。今から思えば,ダム施工時のヘルスモニタリングの一つになっていたかもしれなかったことを考えると,実現できなかったことは残念でした。

 では,どんなシステムであったかというと,コンクリートダムの場合,使用するコンクリートは硬化する際に化学反応で熱が生じます。例えば,100万m3クラスの重力式ダムの場合使用するセメントは1m3当り平均して150kg程度なので,ダム全体で15万トンほど使用することとなります。セメント10kg水和反応した時の温度上昇量は約1℃なので,1m3当りで約15℃の温度上昇が生じることとなります。100万m3のダムに一度でコンクリートを打ち込むことはできせんが,打ち込んだコンクリートから熱が逃げないと仮定するとその熱量たるや膨大になります。熱量は,その物質の比熱に質量(重さ)及び温度変化量を乗じた値ですので,コンクリートの比熱が約0.27(cal/g℃),コンクリート1m3当り約2.3tonですから,100万m3のダムの場合,約9.32×109kcalとなります(熱量(cal)=比熱(cal/g℃)×質量(g)×温度変化(℃))。この値がどれくらいかとても想像できないと思います。例えば,お風呂を沸かす時の熱量と比較した場合,風呂の浴槽の容積は一般家庭で大体200リットル程度です。水の比熱は1.0(cal/g℃)ですから,20℃の水を40℃まで温度変化させた場合,熱量は4000kcal(=1×200000×(40-20))となります。これは,風呂を約230万回沸かせる量になり,1万世帯の約8か月分に相当します。もちろん,上述したように一度にコンクリートを打ち込むわけでなく,いくつかのブロックに分けて,さらにそのブロックを1m~2mの高さの層(リフト)に分けて施工していきます。

 重力式ダムの場合長いもので上下流の幅が100mに達するものがあります。この中心部の温度は熱がなかなか逃げないので,外気温に達するまでに非常に長い時間がかかります。例えば,部材厚が増加した場合コンクリート温度が外気温に達するまでの日数がどのようになるのかを解析したことがあります。その結果,部材厚が増加すると外気温に達するまでの日数が指数的に増加し,部材厚50mの場合には打込みから約40年経過しないと外気温とほぼ同様な温度まで達しないことが分かりました。この間,温度降下とともにコンクリートが収縮します。ダムには15m間隔で継目が設けてあり,上下流に止水版と呼ばれるものが設置されていますが,継目が空いていると漏水することになりますので,グラウトを行うのですが,何十年も待って完全に継目が開いてからグラウトしていては,何時まで経ってもダムに水が貯められないこととなります。

 そこで,従来のダムはリフト間の水平打継ぎ目にクーリングパイプという直径2.54cm(1インチ)の薄肉鉄管を大体1.0m~1.5m間隔で埋設し,コンクリート打込み後,そのパイプ内に冷水を流して水和発熱による温度上昇を制御することを行っていきます。いわば,車のラジエターのようなものだと思ってもらえば分かりやすいのではないかと思います。パイプクーリングは,打込み直後から実施して,部材内の最高温度を低減させる1次クーリングと最終安定温度(ダムサイトでの年平均気温とするところが多い)まで部材温度を強制的に下げて,継目を開かせる2次クーリングがあります(近年では1.5次クーリングなるものもあるようです)。

 このパイプクーリングですが,通水させる水温と流量で温度降下速度が大きく変化します。余り冷たい水を速い速度で通水させると,パイプ周囲だけが過冷却になって,ひび割れが生じてしまいます。他方,通水温度が高く,通水速度が遅いと熱吸収せずに部材内の温度が下がらなくなり,最終安定温度が期間内(部材が1年で最も収縮する冬場に実施しないと,グラウトしている間に外気温の上昇とともに部材内の温度も上昇して,継目が閉じてしまうこととなります)に完了しないことが起こってしまいます。

 では,この通水温度と流量ですが,制御しているのかといえば先ほど書いたように制御しているとはとても言い難い状況でした。通水温度は,冷水を製造できる施設を用意してそれを用いていますが,大元でしか管理していないので,各リフトでの最適な温度には当然なっていないのです。したがって,前述したような過冷却を起こしているリフトもあれば,一向に冷却できないリフトが出てきてしまうのです。通水管は,冷却施設から大口径の管をダム堤体に降ろし,そこからタコ足配線ならぬ枝管を張り巡らして,各リフトにつなぐのですが,対象となるリフトが増えてくると端の方のリフトは流量が小さくなってしまい,十分冷却できなくなってしまうのです。かといって,大元の流量を増やすと手前のリフトの流量が増えてしまい,過冷却となってしまうのです。もちろん,各リフトの繋ぎ口にはバルブを設けていますが,その調整は全て人が行っているのです。多い時は百近くあって,堤体の端から端まで(長さで数百m,高さで数十mあるところを登ったり降りたりする大変な重労働)調整に行くのですが,一日1回できればよい方でした。その測定もバケツ片手にストップウォッチで1分間のバケツに貯まった水(バケツについている目盛で読む)の量から流量を求めており,水温もそのバケツに貯まったものを測っているのです。相当なローテクなのですが,こんな方法しかできなかったのです。したがって,このような測定,管理状況であったことから,日々変化する部材内の温度をとても管理はできなかったのです。

 私は,この状況を何とかしたいと思い,手で運べる程度の調整箱(流量計,2系統の電磁弁,温度計を組み込んでいる)を各リフトの入口と出口の管に取付け,通水温度を測定しながら,自動で電磁弁を調整して流量を変化させることができるようにしようとして試験的にいくつか製作しました。これがうまくいけば,冷水と普通の水(清掃したりするために配管されている)を箱の中の電磁弁で調整(家庭でお湯と水を調整するようなもの)し,対象とするリフトに最適な温度と流量を提供できると考えました。また,水温と流量は常にモニタリングしているので,そのデータと光ファイバで計測している堤体内の計測温度をリンクさせれば,過冷却や冷却不足が解消されると考えました。

 ここで,大きな問題となったのは,電磁弁を動かすための小型のバッテリがなく,電磁弁の調整指令,温度,流量のデータを取得するための通信手段(簡単に無線通信できる時代ではなかったかった)がなかったことから,各調整箱を制御する盤と調整箱を有線でつながなければならなりませんでした。重いケーブルを各リフトに這わすことは非常に大変で,足場の盛り替えなどで,ケーブルの切断などの懸念もありました。今ならば,小型で軽量の調整箱と無線通信できるシステムの構築は簡単にできたでしょうし,光ファイバの温度計測結果を基に自動で流量,水温を各リフトで調整することは可能だと思います。もちろん,あの当時,上述したようなシステム構築に数億のお金がかかることから,発注者は承諾するはずもなく(測定,調整する作業員を雇ってもお釣りがくるくらいだと嫌味を言われたくらいです),またしても私の提案はプロトタイプを作っただけで頓挫してしまったのです。ただし,この装置,後日談があって,金沢の橋脚工事でこのプロトタイプの装置を使ったパイプクーリングの自動管理を行うことができました。そして,ここで取得したデータは,後に私の博士論文の一部となりました。この装置,傑作試験機でもあり,駄っ作試験機であったように思います。

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パイプクーリング自動管理装置