法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

たかがひび割れ,されどひび割れ

コンクリート構造物に限らず,インフラの検査の基本は,目視による方法で行っています。人は,非常に優れたセンサを持っていて,目で見て確かめる技術(センサ),音を聞いて確かめる技術(センサ),手で触って確かめる技術(センサ),臭いを嗅いで確かめる技術(センサ),味で確かめる技術(センサ)のいわゆる五感というセンサを持っています。コンクリート構造物の検査では,さすがにコンクリートを舐めて変状を確かめることはないでしょうが,その他のセンサを駆使して変状確認しているといえます。特に,目に入ってくる情報量が最も多いことからも,目視観察は検査の基本といえます。

目視検査の場合,できるだけ近づいて診る(近接目視)のが基本ですが,コンクリート構造物の場合多くは近接して見ることができず,土木学会が発刊しているコンクリート標準示方書維持管理編の2007年版までは,双眼鏡による目視観察を認めていました。しかしながら,平成26年国土交通省の通達により,橋梁,トンネルに対して5年に一度の点検の義務化と点検は近接目視とするということになり,点検の際には人が行う場合足場や高所作業車が必須となったのです。実は,点検,調査工事で最も費用が掛かるのは,非破壊検査による調査や分析,調査する技術者の人件費よりも仮設となる足場だといわれています。もちろん,詳細な点検を行うためには,人が近づいて目視やたたきによる検査,各種非破壊検査機器を用いてコンクリート内部状況の把握等を行うためには,確かに足場や高所作業車が必要となりますが,調査している間の通行規制や通行止めなど長期に行えるとは限らず,限られた工期内で実施するのはなかなか難しい場合も多いのが現状です。人が直接近接目視することが難しい箇所では,最近はやりの無人検査機器(ドローン)を用いて,カメラによるデータ収集やリアルタイムの画像を観ながらの調査は近接目視と同等以上の検査方法として有用ですし,今後必須アイテムとなってくると思います。

 目視検査によるコンクリート表面の調査では,ひび割れの有無の確認,ひび割れ幅及びひび割れ長さの進展性(時間変化)を如何に把握するかが重要となってきます。特にひび割れ幅を判断するのは,一見簡単なように思われるかもしれませんが,実はこれが意外に難しく,定量的に評価することが難しいのです。

コンクリートのひび割れは,0.01mm単位から数mm単位まで読み取ることになりますが,コンクリートの耐久性に大きく関わってくるのは,0.05mm以上,補修の目安とされているのが0.2mm以上といわれています。人が直接ひび割れ幅を測定する場合には,クラックスケールと呼ばれるもの(0.01mm~2mm前後まで,その太さの線とその幅が記されたもので,紙製やプラスティック製のものなど各種あります)をひび割れに当てて,ひび割れ幅に相当する線の太さからひび割れ幅を読み取るか,直接ひび割れにテーパーゲージと呼ばれるものを差し込んで,幅を読み取るなどしています。ここで疑問なのは,どの深さ及び位置をその部材に発生したひび割れ幅とするのかということです。私が会社勤めをしていた頃,研究室の上司と一緒にひび割れ調査を行ったことがあります。たしかまだ入社して間もなかったと思いますが,クラックスケールを当ててひび割れ幅を読みながら野帳に記入していた時,上司から“お前の読んでるひび割れ幅は間違っている。コンクリート表面はどうしても角欠けしていて実際のひび割れ幅よりも大きくなっている。ひび割れを真上から見て少し奥まったところの真っ暗なところを読まないと駄目だ”といわれました。その時は,上司からいわれたことなので素直にそれに従って読み直し(大体0.1mm~0.2mm位小さくなりました)を行いました。さらに,上司から“ひび割れは場所によって異なっている(拘束状態やひび割れ発生原因で当然ひび割れ幅は部位によって異なる)から,測れる範囲で何か所か測り,一番大きい幅のところを読んでいけ”ともいわれました。平均ひび割れ幅でなく,最大ひび割れ幅をそのひび割れの代表値としなさいということのようでした。確かにある程度割り切りをしないとひび割れ幅の評価はできませんが,なにをもってそのひび割れの幅と称するかは難しいところであり,今でも何が真値か分からないままです。一応,私の認識としてはあるひび割れがあった時,そのひび割れ全体をカメラなどで読み取って,最大ひび割れ幅と単位長さ当りの平均ひび割れ幅(ひび割れ幅の面積をひび割れの長さで除した値)をそのひび割れの幅の代表値と思っています。

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クラックスケールによるひび割れ幅の測定

では,デジタルカメラやビデオカメラで撮影した画像からどの程度の精度でひび割れ幅が検知できるかというと,0.2mmの幅を検知することが非常に難しいといわれています。ひび割れの撮影確度,明度によっても大きく異なることは以前から指摘されていることですし,ひび割れを認知するための二値化においても,自動的に処理することは至難の業であるといわれています。このような課題の解決策の一つして,ひび割れを挟んでターゲットを設置して撮影することで,ターゲット上にある複数の円を基準尺として距離を画像から計測し,ひび割れ自体の幅だけでなく,ひび割れの進展性も評価できるとしたものが開発されています。高い精度で計測できると聞いています。ただし,あくまでも定点計測(モニタリング)での適用であり,道路などの総延長が長く,その間に各種構造物(トンネルや橋梁)が存在する構造物群での目視調査として,カメラなどを利用した検査の場合,膨大なデータを如何に自動的もしくは簡便に画像処理してひび割れ幅を評価し,変状の兆候や対策の有無の判断などに繋げるかは,実はまだ十分確立された技術に至っていないようです。たかがひび割れ幅,されどひび割れ幅なのです。人は優れたセンサを持っていますが,それを機械に行わせようとした場合,如何に大変であるかが如実に分かる例の一つといえます。