法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

ひび割れ制御技術の変遷(その2)

 ひび割れ制御指針が発刊されたその年の10月に,土木学会コンクリート標準示方書の施工編においてマスコンクリートの章が大幅に改訂されたものが発刊されました。前回紹介しましたCP法による温度応力解析とともに,実験及び実構造物データに基づいた温度ひび割れ指数(=引張強度/温度応力)と温度ひび割れ発生確率の関係が示されたのです。温度ひび割れ指数とひび割れ発生確率との関係は,不確実性の多いひび割れ発生を確率的にとらえることによって,構造物の重要度,機能,環境条件に応じて,温度ひび割れ指数の設計値を定めることができる実務的な手法といえます。このひび割れ発生確率を条文内に加えるかどうかで議論となり,最後まで決着がつかなかったそうですが,最終的にはその時のマスコンクリートの章の主査であった鹿島建設技術研究所のN部長の判断で条文内に加えることが決まったそうです。ひび割れ発生確率は,今でいう性能照査型の内容であり,それを最初に記載したことは,後の示方書の仕様性能型から性能照査型への移行のキッカケとなったのではないかと思っています。ACI207委員会も同時期に報告書の改訂をしているのですが,日本のように高度な予測手法までには至らず,現在においても大きな変更はされていません。これらの指針及び示方書が日本におけるその後のひび割れの予測,制御に大きく貢献したといえます。

 一方,温度ひび割れ制御に関しては,設計,材料,施工技術の目覚ましい発展によって,従来の制御予測,対策では不十分となったため,2008年にひび割れ制御指針を22年ぶりに改訂しました。その改訂では,これまで必ずしも連携されていなかった計画,設計,照査,検査を体系化し,ひび割れ発生確率を基本とした性能照査を行う指針としたのです。この指針では,世界に先駆けてコンクリートの自己収縮の成果が盛り込まれ,混合セメントも含めたセメント種類,水セメント比及び温度履歴を考慮した自己収縮ひずみの推定式が定式化されたことにより,初期の水和反応及び発熱に関連する体積変化を包括的に組み込むことが可能となりました。また,パーソナルコンピュータの計算容量,計算速度の飛躍的な発展によって,大容量計算が比較的容易に行えるようになり,3次元有限要素法を用いた温度ひび割れの制御技術は,実務の分野で広く活用されるようになりました。他方,2012年制定のコンクリート標準示方書でも3次元有限要素解析を標準としたひび割れ制御方法が示されました。さらに,2016年に改訂されたひび割れ制御指針では,これまでの制御技術のアップデートに加え,高温が作用することで発生する可能性のある遅延エトリンガイト生成(DEFといいます)による膨張ひび割れ防止の照査が取り込まれました。DEFによるひび割れ照査を加えたことで,より体系化された指針になった一方で,日本国内でDEFによるひび割れ発生事例が明確に確認されていないために,この取扱いについては,今でも議論の的になっています。

 現在,2023年度刊行予定の指針改訂に向けて,見直しや新規に加える項目について委員会で検討が進められています。次の改訂では,ひび割れ発生確率の見直し,ひび割れ発生強度,若材齢時クリープ,打込み温度などの設計用値の見直しなどを行うことが予定されています(まだ確定ではありません)。また,ひび割れ幅解析手法,総エネルギー一定則による膨張材の評価方法などを導入してはどうかという議論がなされています。