法政大学コンクリート材料研究室

法政大学コンクリートの活動報告

土木技術者たるべき姿とは?

今日は,土木のことというか,土木技術者のあるべき姿を少し書いてみたいと思います。土木分野において,日本の場合社会的地位が高いかと言われると現在ではどうしても否という答えをする人が多いのではないでしょうか。土木技術者は,近代日本を支えてきた人たちであり,少し前の時代であれば人気のある職種だったと思います。今でも欧米ではシビルエンジニアは尊敬される職業のひとつと聞いています。残念ながら,建築に憧れる学生はいても,土木を憧れる学生はめっきり減ってしまっています。

土木という分野は,総合工学であると同時に経験工学でもあります。まさに実学(工学・医学・農学・法律学経営学などの実際生活に役立つ学問)の代表のようなものと言えます。教科書を読んだり,講義を聴いたりする座学も大事ですが,実際に現物を見て,判断していくようなフィールドワークを積み重ねていくことの方がエンジニアを育成していく上で重要ではないかと思っています。教科書に書かれていることと現場では全く異なっていることが多々あるのです。さらに,実構造物では一つとして全く同じものはないと言っても過言ではないと思います。したがって,多くの事例を経験することが必要であり,非常に重要なことと言えます。現場では,常に応用能力が求められ,いろいろな形での技術的判断が次々と問われるのです。だから,土木技術者(シビルエンジニア)に求められるものとしては,技術と技能の両方を兼ね備えていなければならないと思っています。

一般に,技術とは客観的で特定の個人でなくても再現できる原理であり,座学なり実習なりで教えられる範囲のもので,エンジニアとして身に着けておくべき基本的なものであると言えます。一方,技能は主観的で熟練により獲得される個人的なものであり,座学や実習だけは習得できない経験値であり,それこそ失敗を重ねながら繰り返し行うことで徐々に身についていくスキルだと思っています。技能というと,どうしても職人技のようなイメージを持ちがちですが,私はいろいろな経験に裏打ちされた能力,判断力だと思っています。いわばその道のスペシャリストとなるために必要な能力と思っています。したがって,シビルエンジニアは技術と技能の両方を兼ね備えた人物となることを目指すべきであると思っています。

得てして,技術だけを身に着けてさも一端のエンジニアになったつもりでいる技術者が多いのも事実です。そのような技術者は,いざ目の前に例えば劣化した構造物を突き付けられた時,劣化進行に応じた最適な補修時期と対策を的確に判断できるかといえばきっと否でしょう。今の日本ではなかなか経験を積みながら技能を身に付けていくような状況にないといえます。それこそ,伝統工芸等で長い下積みを経てようやく一人前の職人になっていくというようなところしか(実際は後継者不足でどんどんなくなっていく技術があるのも事実です)そのような場がなくなっているように思います。一般の企業では,人手不足でOJT(On the Job Training;仕事をしながら学ぶことと言ってらよいのかもしれません)もままならない様なことをよく耳にします。これでは,理論だけは頭にあって,実践を伴わない頭でっかちの半エンジニアばかりとなってしまっています。

以前,会社勤めしていた時,入社時の上司が現場に転勤となり,その半年後ぐらいだったと思いますが,2週間くらいその元上司だったところに行って少しは現場経験(ダム現場)してきなさいと室長から言われて,ダム現場に行った時のことです。まだ入社して2年目だったと思いますが,仕事のことも十分できていないときで,ましてやダム現場に行ったのは学生時代に見学に行ったくらいで,どんな仕事をしているのかも皆目見当がつきませんでした。

元上司は,コンクリートの品質管理担当で,現場でのコンクリートの打設状況や試験室でのコンクリート試験の立会いなどをされていました。ある時,元上司からコンクリート供試体のキャッピング(コンクリート供試体の上面は平滑でないので,表面のレイタンスを取って,セメントペーストでその表面をガラス板で抑えて平らに仕上げる作業,私の研究室では昔は学生にやらせていましたが,今は研磨して平滑にしています)のためにコンクリート上面を削る作業をしろと言われ,金ブラシでコンクリート表面を削って,元上司にできましたといったところ,すごい剣幕で“お前はコンクリートの上面だけ削って,型枠についたコンクリートを取っていないじゃないか!これでどうやってキャッピングできると思っているのか。お前,前日俺がやっているのを見てなかったのか。猿だって見よう見真似でちゃんとできるぞ。お前は猿以下か!”と怒鳴られました。頭ではキャッピングというものがどういうものかわかっていても,それをどのように行うのか,どのような状態になっていたらよいのか,もちろん教科書にも書いてあるはずもなく,全く分かっていませんでした。この時ほど,悔し涙が出そうなほど,元上司というよりは自分に腹が立ったのをよく覚えています。

実は,その前日に元上司は“キャッピングというのは大事な作業で,これを作業員に教える時は,まずは自分でちゃんとできる姿を見せないと,作業員はお前のことをバカにして,次から作業の指示に従わなくなるぞ”ということを言いながら,キャッピングする一連の作業を私に見せてくれました。その時は,自分自身これくらいのことは簡単にできると思って,元上司のやっている姿をしっかりと見ていなかったのです。人にやらせる以上は,自分でちゃんとできる姿を見せることが大事であることをこの時学びました。それからは,まずは自分でできるようになってから,人に教えるようになりました。最近は,学生にそこまで見せる姿ができていないのが何とも歯がゆいのですが,歳を取ってくるとなんでも自分でということができなくなってきているのも事実です。